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牧師のショートメッセージ

「キリストの十字架の恵み」

田村誠喜 牧師    2023年4月


 「キリストは自ら十字架の上で、私たちの罪をその身に負われた。   それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるため。その打ち傷の   ゆえに、あなたがたは癒やされた。」
           新約聖書 ペテロの手紙 第一 2:24 


 今年は、4月2日から受難週となりました。多くの方々が、新年度で新しい職場や学校での生活が始まっていることと思います。皆様の歩みの上に神の祝福をお祈り致します。当教会では、主イエス・キリストが十字架につけられた日を記念して、4月7日(金)19時から受難日夕拝をし、主の恵みを数え礼拝を献げました。

1、キリストの十字架は、聖書に詳しかったユダヤ人と、詳しくはない異邦人の罪を負うことから始まった。
マタイ26:59~68、さて、祭司長たちと最高法院全体は、イエスを死刑にするためにイエスに不利な偽証を得ようとした。多くの偽証人が出て来たが、証拠は得られなかった。・・・すると彼らは「彼は死に値する」 と答えた。それから彼らはイエスの顔に唾をかけ、拳で殴った。・・・
マタイ27:24~30、ピラトは、語ることが何の役にも立たず、かえって暴動になりそうなのを見て、水を取り、群衆の目の前で手を洗って言った。「この人の血について私には責任がない。おまえたちで始末するがよい。」・・・イエスの前にひざまずき、「ユダヤ人の王様、万歳」 と言って、からかった。またイエスに唾をかけ、葦の棒を取り上げて頭をたたいた。


2、十字架上でのキリストの最初のことばは、自分を十字架につけた人々のためにとりなす祈りであった。
ルカ23:34、そのとき、イエスはこう言われた。「父よ、彼らをお赦しください。彼らは、自分が何をしているのかが分かっていないのです。」 彼らはイエスの衣を分けるために、くじを引いた。
ローマ8:34、だれが、私たちを罪ありとするのですか。死んでくださった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、しかも私たちのために、とりなしていてくださるのです。

3、キリストは、十字架上で私たちの罪を負われ、父なる神から見捨てられさばかれた。
マタイ27:45~46、・・十二時から午後三時まで闇が全地をおおった。三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」 これは、「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。
ガラテヤ3:13~14、キリストは、ご自分が私たちのためにのろわれた者となることで、私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました。「木にかけられた者はみな、のろわれている」 と書いてあるからです。それは、アブラハムへの祝福がキリスト・イエスによって異邦人に及び、私たちが信仰によって約束の御霊を受けるようになるためでした。

4、キリストは、十字架上で最後に「完了した」と言われ、罪と死への勝利の道を開いてくださった。
ヨハネ19:30、イエスは酸いぶどう酒を受けると、「完了した」 と言われた。そして、頭を垂れて霊をお渡しになった。
へブル2:14~15、・・・子たちがみな血と肉を持っているので、イエスもまた同じように、それらのものをお持ちになりました。それは、死の力を持つ者、すなわち、悪魔をご自分の死によって滅ぼし、死の恐怖によって一生涯奴隷としてつながれていた人々を解放するためでした。 Ⅰコリント15:55~58、

5、キリストは、十字架の死によって、私たちを神と和解させてくださり、万物とも和解させてくださった。
ローマ5:10、敵であった私たちが、御子の死によって神と和解させていただいたのなら、和解させていただいた私たちが、御子のいのちによって救われるのは、なおいっそう確かなことです。
コロサイ1:20、その十字架の血によって平和をもたらし、御子によって、御子のために万物を和解させること、すなわち、地にあるものも天にあるものも、御子によって和解させることを良しとしてくださったからです。

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