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牧師のショートメッセージ

聖書における按手の意味


田村誠喜 牧師    2019年9月


 彼ら(アンティオキアの教会)が主を礼拝し、断食していると、聖霊が「さあ、わたしのためにバルナバとサウロを聖別して、わたしが召した働きに就かせなさい」と言われた。そこで彼らは断食して祈り、二人の上に手を置いてから送り出した。使徒13:2~3

 教会は、新しく牧師や宣教師が奉仕を始める時、就任式や派遣式を行い、司式者と教会代表者が新しい牧師や宣教師に手を置いて祈る。これを按手と呼び大切にしている。この按手にはどんな意味があるのか。聖書は何を語っているのか。

1、按手を受ける者が、確かに主から召されているとの確認が大切。

  按手は、主の御霊の「わたしのために二人を聖別して、わたしが召した働きに就かせなさい」との命令を、教会がその通りですと承認することであり、私たち教会もこのために主にお仕えしますと献身する時です。そのためには、新しい牧師や宣教師の候補者が、確かに主から召されていると確認されることが重要です。サウロ(後のパウロ)はアンティオキアの教会で、一年余りのみことばの奉仕を通して、主から召された者であると確認が進んでいた。

2、按手は、主から任務を与えられた者が、励まされ聖別される時。

 パウロは主からの召し(使命)が確認され、按手を受けて伝道に遣わされた。しかしそれより15年ほど前、ダマスコ途上で復活の主にお会いし、ユダヤ人と異邦人への宣教の使命が与えられていた(使徒9:1~19、26:17)。主は、アンティオキアの教会の按手によって、バルナバとパウロにこの宣教の働きを、主の教会による働きとして委任した。按手を授けられた二人は、主からの使命を再確認し、励まされて再献身をした。パウロは晩年、弟子のテモテに語った。Ⅱテモテ1:6~8、・・・私はあなたに思い起こしてほしいのです。私の按手によってあなたのうちに与えられた神の賜物を、再び燃え立たせてください。神は私たちに、臆病の霊ではなく、力と愛と慎みの霊を与えてくださいました。ですからあなたは、私たちの主を証しすることや、私が主の囚人であることを恥じてはいけません。むしろ神の力によって、福音のために私と苦しみをともにしてください。

3、按手は、按手をする教会全体の聖別の時、献身の時、誓約の時。

 按手は、按手を受ける者が、自分を召してくださった主からの任務(使命)を再確認し、再献身の時であると同時に、按手を授ける教会全体が、按手を受ける牧師・教師のみことばの指導に従うとの献身の時であり、そのことを御前で誓約して、聖別される時である。

 民数記27:18~20、主はモーセに言われた。「あなたは、神の霊の宿っている人、ヌンの子ヨシュアを連れて来て、あなたの手を彼の上に置け。彼を祭司エルアザルの前に、また全会衆の前に立たせ、彼らの目の前で彼を任命せよ。あなたは、自分の権威を彼に分け与え、イスラエルの全会衆を彼に聞き従わせよ。」


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