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牧師のショートメッセージ

「主イエスが語られた最後の審判」

田村誠喜 牧師    2021年11月


「そして、すべての国の人々が御前に集められます。人の子は、羊飼いが羊をやぎからより分けるように彼らをより分け」ます。 マタイの福音書 25:32

   今年も残すところ二ヶ月を切りました。教会では、救い主が人となって来られたことを記念するクリスマスを覚え、11月28日からの待降節(アドベント)に向けて準備が始まりました。今年一年間の大きな出来事、小さな出来事を振り返りつつ、地上の生涯を終えて主の御前で総決算(最後の審判)があることを覚え、十字架の直前に語られたイエスのみことばを聞きたいと思います。

1、王である再臨のキリストが、左右に分けられた人々に語られたみことば。
マタイ25:34~40、さあ、わたしの父に祝福された人たち。世界の基が据えられたときから、あなたがたのために備えられていた御国を受け継ぎなさい。あなたがたはわたしが空腹であったときに食べ物を与え、渇いていたときに飲ませ、旅人であったときに宿を貸し、わたしが裸のときに服を着せ、病気をしたときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからです。・・まことに、あなたがたに言います。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、それも最も小さい者たちの一人にしたことは、わたしにしたのです。
マタイ25:41~46、のろわれた者ども。わたしから離れ、悪魔とその使いのために用意された永遠の火に入れ。・・おまえたちがこの最も小さい者たちの一人にしなかったのは、わたしにしなかったのだ。こうして、この者たちは永遠の刑罰に入り、正しい人たちは永遠のいのちに入るのです。

2、神が、御国を受け継ぐように祝福して備えられた人々とは、どんな人々か。
エペソ1:4~14、神は、世界の基が据えられる前から、この方にあって私たちを選び、御前に聖なる、傷のない者にしようとされたのです。・・・キリストにあって、私たちは御国を受け継ぐ者となりました。・・あなたがたもまた、真理のことば、あなたがたの救いの福音を聞いてそれを信じたことにより、約束の御霊によって証印を押されました。聖霊は私たちが御国を受け継ぐことの保証です。このことは、私たちが贖われて神のものとされ、神の栄光がほめたたえられるためです。

3、何が、人を永遠の刑罰の火に入れるのか、または永遠のいのちに入れるのか。
 私たちは、空腹の人に食べ物を、渇ける人に水を、裸の人に服を、病気のときにお世話をすることによって永遠のいのちに入れるのだろうか。十字架と復活の主イエスへの信仰によらず、行いによって救いがあるのだろうか。「わたしの兄弟、最も小さい者にする」とは、何を意味するのか。
マタイ10:40~42、あなたがたを受け入れる人は、わたしを受け入れるのです。・・預言者を預言者だからということで受け入れる人は、預言者の受ける報いを受けます。・・まことに、あなたがたに言います。わたしの弟子だからということで、この小さい者たちの一人に一杯の冷たい水でも飲ませる人は、決して報いを失うことがありません。
マタイ12:48~49、イエスは・・「わたしの母とはだれでしょうか。わたしの兄弟たちとはだれでしょうか。」と言われた。それから、イエスは弟子たちの方に手を伸ばして言われた。「見なさい。わたしの母、わたしの兄弟たちです。」
エペソ2:8~9、この恵みのゆえに、あなたがたは信仰によって救われたのです。それはあなたがたから出たことではなく、神の賜物です。行いによるのではありません。・・

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