牧師のショートメッセージ
「生まれ変わる力」
浜田文夫 牧師 2026年4月
ペテロ第一の手紙1章17節-25節
主イエスの復活は、キリストの教会が誕生した時の中心的メッセージであり、その信仰は教会の土台でもありました。使徒パウロは、死んでしまったイエスが生きていると主張したために、ユダヤ人たちによってローマの総督に訴えられました。初代教会が激しい迫害に耐え抜いたのも、キリストの復活が自分たちの作り話ではなく、事実であったからです。そして、キリスト者たちは実際に主の復活のいのちに生かされ、新しくされる経験をしました。教会はどんな困難の中にあっても、復活の主が与えて下さった新しいいのちによって生き続けてきました。
そのキリスト者たちは、「キリストを見たことはないけれども愛しており、今見てはいないけれども信じており、ことばに尽くせない、栄に満ちた喜びに躍って」いる、と言われています。その喜びは「信仰の結果であるたましいの救いを得ている」ことからくる喜びでした。(1:8-9)
「たましいの救いを得ている」とは、「贖い出された」(1:18)ということと、「新しく生まれた」(1:23)という二つの面を持ちます。そしてあなたがたが「贖い出された」のは、「銀や金のような朽ちる物にはよらず、傷もなく汚れもない子羊のようなキリストの、尊い血によった」(1:18-19)のであり、また、「あなたがたが新しく生 まれたのは」、「生きた、いつまでも残る、神のことばによる」(1:23)のだと言い、その「神のことば」を、「朽ちる種」ではなく「朽ちない種」だと記します。そして、その「神のことば」はイエス・キリストを指し示しているのです。
そのキリストは、「世界の基が据えられる前から知られていましたが、この終りの時に、あなたがたのために現れてくださいました。」(1:20) キリストは私たちに、「傷もなく汚れもない子羊のような」「尊い血」を流された方として、また、神が「死者の中からよみがえらせて栄光を与えられた」方として、私たちに「現れて」くださったのです。私たちはその事実を、「生きた、いつまでも残る神のことばに」よって知ります。その知った事実によって「神を信じる者」(1:21)とされました。「これが、あなたがたに福音として宣べ伝えられたことば」(1:25) なのです。
教会とは、私たちの主イエス・キリストを指し示すことばによって、贖われ、新しく生まれ変わった人々の、「栄に満ちた喜びに躍っている」ところです。それとともに聖餐の恵みを通して、そのキリストの確かさをともに味わい、確かめ合うところです。
