牧師のショートメッセージ
主を知ることを切に追い求めよう
田村誠喜 牧師 2015年11月
「私たちは知ろう。主を知ることを切に追い求めよう。主は暁の光のように、確かに現れ、 大雨のように、私たちのところに来、後の雨のように、地を潤される。・・・・わたしは誠実を喜ぶが、 いけにえは喜ばない。全焼のいけにえより、むしろ神を知ることを喜ぶ。」旧約聖書ホセア 6:3、6
2015年も残すところ少なくなって来ました。教会では11月29日の 予算総会に備え、主に感謝して祈り、準備をしているところです。
(2016年度の目標-主を知ることを切に追い求めよう)
2012年度は「喜んで主に仕える」を基本方針に活動し、
2013年度は「キリストにある一致」を基本方針とし活動しました。
2014年度は「恐れないで語り続けなさい。」との御言葉に教えられ、宣教と証に力を注ぎました。
2015年度は「見よ。わたしは新しい事をする。」と語られる主を待ち望んで活動をして来ました。
主は御言葉の約束の通りに、長い間祈られて来た姉妹たちの御主人を信仰へと導いて
下さいました。ただただ主の御業であることを覚え感謝し、御名を崇めております。
このような中で、主が御言葉と祈りのうちに牧師に新年度の目標として示して下さったのは、
冒頭のホセア書の御言葉でした。私たちが主を知ることを切に追い求めることです。
そのために礼拝や祈祷会や家庭集会や個人的な御言葉の学びで、主を第一とする生活設計
が求められます。主がどんなお方かを御霊の御言葉である聖書から教えられることは、
伝道や交わり、奉仕や献金の生活の土台です。
(何故、主を知ることを切に追い求めるのか?)
主イエスは、主を知ることこそ永遠のいのちであると、その重要性を教え、弟子たちに聖書教育を
お命じになりました。パウロは晩年の獄中書簡で、きまって祈った祈りの内容は、
「主がどんなに素晴らしいお方であるかを知ることが出来ますように。それによって信仰の成長と
実りが与えられますように。」と言うことでした。
参照 新約聖書、エペソ1:17~19、ピリピ1:9~11、コロサイ1:9~10、
このことは何を意味するのでしょうか。パウロは自分自身を滅びから救い出して下さった主なる神を
豊かに知ることこそ、信仰生活の最優先にすべきことだと教えているのです。
ですからパウロは殉教の直前、最後の書簡で語りました。
「・・・私は自分の信じて来た方をよく知っており、またその方は私のお任せしたものを、
かの日のために守ってくださることができると確信しているからです。」 Ⅱテモテ1:12
私たちも自分の信じて来た方を良く知って、確信をもって歩む者とされましょう。