牧師メッセージ、教会員の証
「神の憐れみ」
1995年1月早朝、ラジオのニュースで阪神の震災を知らされました。あわてて飛び起きて、 まだ暗い中、夫と西宮に向かいました。真夜中やっとたどり着いた夫の実家付近は真っ暗な廃墟でした。 そして従兄弟に案内されて行った小学校の理科室で、夫の両親も含めた8名の方々のご遺体と 共に一晩を過ごしました。無我夢中の8日程を私は避難所(小学校等)で過ごし、夫はさらに40日 位滞在しました。大きな余震も何度も経験し、ただウロウロするばかりで、ようやく私にできそうな 唯一の仕事はプールの水をバケツでトイレに運ぶことくらいでした。帰宅した私を待っていた娘たちが 用意してくれた、電気の点く食卓に座って食事した時の感激を今も忘れることができません。
それまで当たり前と思っていた事がとんでもないこと、 心から感謝することだと思い知らされました。しかしその後、地震がある度に 怖くて怖くて、それまでの家に住み続けることが難しいと感じるようになりました。 数年後、別な土地に地盤を強化して家を建てることができ、 その後は落ち着いて暮らせるようになりました。けれどその一方で、 強い心の渇きを感じるようになりました。目先の、目に見えることだけに囚われていた私を、 神様が憐れんでくれたのだと思います。
「心の貧しい者は幸いです。」マタイの福音書5章3節
目に見えない何か、心の支えが欲しかったのです。
そしてまたその頃、家族との葛藤も表面化してきて、自分自身を責める日が続きました。 そんなある日、音信の途絶えていた学生時代の友人との奇跡的な再会がありました。 彼女に紹介されて出席した吉祥寺の教会の集会に通ううち、自分の傲慢さや罪深さを本当に 思い知らされました。牧師に思いを伝え、キリストの十字架の贖いによって 罪が赦されていること、また神様から愛されている、とも言って頂きました。 しかし歳をとってから遠くまで行けるのだろうかと洗礼を先延ばしにしているうちに 母の介護、看取りがあり、吉祥寺は遠くなってしまいましたが、 礼拝に出席したい強い気持ちはずっと抱いていました。
思いたって訪ねた近くの我孫子福音キリスト教会の礼拝に出席させて頂くようになり、 5年前に受洗の恵みに与りました。学生時代に聖書に出会っていながら長い間さまよっていた 私のような者をも、神様はしっかり目をとめていて下さったことに深く感謝します。
「わたしが与える水を飲むものはだれでも、決して渇くことがありません。 わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。」 ヨハネの福音書4章14節
我孫子福音キリスト教会員 M.M. 2013年6月