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牧師メッセージ、教会員の証

「主イエスと共に」


 心配性で気が小さく、悩み多き子ども時代を送っていた私は小学六年生の時に教会学校で真(まこと)の神さまに出会い、 この真(まこと)の神さまである主イエスキリストを信じ、すがって生きていきたいと思いました。

 神さまと出会っていなかったら私の人生は、今頃どうなっていたかわかりません。 部活動の試合や受験など不安な時… 教会学校で習った賛美歌を歌って、前を向いて進むことができました。 また祈ることで心の平安が守られ、共に歩んでくださる神さまという存在が いつも心にあるということが大きなお恵みであり、私の支えでした。

 結婚して子どもが生まれ、子育てをしていく中で大きな壁に直面しました。 思い描いていた理想と全然違う子育て生活の中で、必死に努力してもどうにもならない自分の無力さがわかり、 ただ もがき続ける日々でした。自分の中にある、「傲慢さという罪」が分かり、 もっともっと母親として子どもの心に寄り添い、砕かれた祈りの人にならなければならないことを教えられました。

 そんな時、私たち親子のために心配して祈ってくださった教会員の方が

「主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。」詩篇23章1節

 という御言葉そのものの励ましをくれました。 今までも主は私のために生きていく上で最善のものを与え、 こんなにも良くして守ってきてくださったのに、 どうして目の前の状況にばかり振り回され、主の御言葉に信頼できなくなっていたのか… 自分の弱さに気づき涙があふれ、改めて神様の御言葉を信じて生きる者、 賛美する者にされたいと強く思いました。 これからも振り子のように揺れ動く自分の弱い心との闘いの日々ですが、 私の人生を握っていてくださる神さまは裏切らないお方であり、 神さまが用意してくださる祝福は絶対なのだという事を信じて 歩いていきたいと思っています。

「私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。 見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。」  新約聖書第2コリント人への手紙4章18節

我孫子福音キリスト教会員 T.I.    2014年11月

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