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牧師メッセージ、教会員の証

「泉のほとり」



思春期を迎えて、自分を支えてくれるバックボーンとなるものを求めていた。 数ある宗教の中から何故キリスト教なのか? それはたまたま出会ったからだ。

昔、読んだ本の中にはっとする魅かれる言葉に出会った。 「求めなさい。そうすれば与えられます。  捜しなさい。そうすれば見つかります。  叩きなさい。そうすれば開かれます。」マタイの福音書7:7 自分の部屋の壁に大きく書き出して貼った。 この言葉が聖書から引用されていることを後で知った。 育った家は、神道あり、仏教あり、キリスト教ありの家庭であった。 私は、小さい時からわがまま、自己中心、言い出したら聞かないと言われ、 自分の中に複雑にうごめく感情と闘っていた。でも自分でどうすることも出来なかった。 どうしたら変われるのだろう。

次第に宗教に心惹かれていく。 親鸞の「軟異鈔」に感動し、教えに導かれてゆこうと思った。 しかしその翌日、友人に誘われて行ったキリスト教の大伝道会ではっきりと自分のみじめな姿を示された。 この話は、私のことを言っている。ここに救いがあると思い、伝道者の招きの言葉に応じた。 今、この時を逃したら私は一生今の自分から逃れられないと思った。

それは、私の人生を導いてくれる大きな一歩となった。すべての宗教を勉強したわけではない。 そんなことは私にとって不可能だろう。 しかし聖書の言葉を知れば知るほど、この一冊になんと多くの人生の指針となる心強い言葉が 書かれていることかと驚いてしまう。 これらの言葉をしっかり握る時、力強い助けと喜びが与えられる。

「わたしが道であり、真理であり、命なのです。わたしを通してでなければ、 誰ひとり父のみもとに来ることはありません。」ヨハネの福音書14:6

「わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。」 ヨハネの福音書 4:14

我孫子福音キリスト教会会員 Y.K 2017年3月

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